毘沙門台団地は背後に商売繁盛の神として古くから信仰を集めた、「毘沙門天」を祭る権現山を仰ぐ団地で、毘沙門台団地と名付けられました。本校もその名前から毘沙門台小学校と命名されました。
毘沙門天のその名にゆかりのある学校ということで、毘沙門天について紹介したいと思います。
毘沙門天は須彌山(しゅみせん)の中腹におられて仏法をお守りになる四天王の一人で多聞天ともいい、北方の守護神です。現在の毘沙門天堂は1065年頃、現在地に修業僧教尊が行基菩薩の作といわれる毘沙門尊像を安置したのが始まりです。
正安元年(1299年)毘沙門天を尊信していた武田氏は銀山城築城の時、北方の守護として僧覚信坊により、願成寺建立、さらに、三京、豊用、西明、東明、光林、玄道、神宮の七ケ寺を建立しました。
その後毛利氏の広島城築城とともに、願成寺は広島に移され、毘沙門堂、仁王門、東明、西明寺のみ残されました。
境内には一千年の歴史を物語るかのように聖観音像、福石、縁結び岩、七福神石像、修業大師像が現存し、商売繁盛、縁結びの福の神として、中・四国はもとより、広くその信仰を集めています。本堂には御本尊毘沙門天と共に脇侍として吉祥天並びに禅尼師童子の御本尊をお祀りしてあります。
縁起、初寅祭、イラスト共に毘沙門天パンフレットより
毘沙門天は毎年旧暦初寅の日とその前夜を初寅祭としており、御本尊はその初寅祭のみにご開帳されます。
その縁日にはそのご利益に授かろうと遠く四国や中国地方各地からその熱心な信者であふれ参道には数々の露店が並び一日中にぎわいます。
七福神の霊山
毘沙門天像
仁王門
本堂に向けて
権現山毘沙門堂
弁財天(七福神がそろっています)
3年生が総合学習で「毘沙門天」について調べました
外部講師として緑井にお住まいの光田さんを講師にお招きして、毘沙門天についてのお話を聞きました。光田さんは毘沙門天の総代長をなさっておられ、毘沙門天については大変お詳しいお方です。
○どうしてとらがたくさんいるのか。
○毘沙門様は何を持っているのか。
○初寅祭はいつあるのか。
○去年は初寅祭に何人くらいの人がきたのか。
などたくさんの質問をし、お話をしていただきました。
光田さんにお話をしてもらった
○大黒天
○恵比寿
○弁財天
○毘沙門天
○寿老人
○福禄寿
○布袋尊
本堂前で
七福神とは
7人の神様だとわかったよ